ましこの家づくり

在来工法について

森林資源が豊富な日本では、昔から神社仏閣をはじめ、多くの農家や町屋などの民家が木を利用した木造建築物として造り続けられてきました。
現在でも、多くの住まいが在来工法で建てられています。

古くからの神社仏閣が何世紀もの年月を経て現在でもその建築美を残しているように、木の建物は、1000年モツといわれています。
阪神淡路大震災でも、筋交いなどで耐震性を高める措置がシッカリしていた木造住宅は、被害を免れました。
また、木材は、呼吸する素材といわれ、湿度を調整する機能を持ち、通気性が高いのが特徴です。

木材を使った在来工法は、春夏秋冬という四季があり、湿度が高くなる梅雨や秋の長雨の時季もある日本の気候風土に合った工法なのです。

在来工法では、建ての柱と横の梁で骨組みを作り、筋交いや通し貫を入れることで強度を確保した壁を作ります。
伝統的な木造建築として伝えられているため、現在でも、地域の工務店や大工の技術で作ることが出来るのです。

また、柱の建て方や組み合わせ方により、間取りを自由に構成することが出来、設計の自由度が高く、変形した土地や狭くて小さな土地にも対応しやすいのが特徴。
増改築などのリフォームも比較的簡単にできるのも長所です。

 

職人の技と最新の技術

最近、様々な場面で、建築家や地域の工務店、林業関係者などが、「日本の木と、職人の技で、在来工法の家を建てよう。」というメッセージを発信しています。

日本は、国土の70%が森林です。しかし、外国の安い輸入材に圧されて日本の林業は、長い間「死に体」でした。他方、我々工務店側も、安さと加工のしやすさから、輸入材を多用した家作りをしてきてしまったのです。

春先に多くの人を不快にさせるスギ花粉。大量のスギ花粉が飛ぶようになった一因が森林の荒廃にあることは、言うまでもありません。我々の生活を脅かすまでになってしまった森林の荒廃を放置しておくわけにはいきません。森林の荒廃を防ぐには、林業が復活するより道はありません。また、林業が復活するには、国産材を使用した、在来工法の住宅を普及させなければなりません。更に、国産材仕様の在来工法の住宅を普及させるには、腕の良い大工を育成する必要があります。つまり、在来工法の木の家を通して、林業の復活と、大工職人の育成を同時進行していかなければならないのです。

国産材が敬遠された一つの理由として、その「扱いにくさ」があります。木は、一本一本、育った環境や栄養状態などで、そのクセが異なります。ですから、職人に最も要求されるのは、”目利き”です。しかし、その”目利き”が出来るようになるには、長い年月と経験が必要です。大工職人が使用する図面の中に、番付(柱が並ぶ順番)を記した「手板」と呼ばれるものがあります。なぜ紙ではなく”板”なのでしょか。それは、山から木を切り出す際、手板にどの木をどの部分に使うかを記していくからなのです。つまり、立ち木の状態でその木の特徴を見抜き、適材適所に材料を配置していくのです。山での作業ですから、イチイチ紙の図面を広げていられないということで、板に直接書くようになったのです。

弟子入りしたばかりの職人の仕事は、現場の釘拾いです。次が掃除。弟子入りして1~2年経つとキザミ等の本格的な大工仕事に入っていきます。そうやって、ランクアップをしていき、棟梁や副棟梁(そえとうりょう)と呼ばれる様になると、「墨付け」や「手板描き」などが仕事になります。更に進んで、左甚五郎などの名人になると、その仕事は、彫刻。日光東照宮の眠り猫の話は、有名ですね。

最近では、プレカット工作機などの、精度の高い木材加工用の工作機が発達しています。墨付けや手板、目利きがシッカリしていれば、加工は、工作機に任せたほうが余分な人件費もかかりませんし、精度の良い製品を作り出すことができます。かといって、100%機械に頼ることも出来ません。太鼓梁の加工や、恵比寿・大黒柱、挿し鴨居などの加工は職人の手仕事でなければ、不可能です。私達、増子建築工業は、機械に任せたほうがいい部分は機械に任せる。人の手でしか出来ない部分は人がやる。というふうに、作業も適材適所なのです。

 

いつまでも美しい木の家

木の良さを生かしたデザイン

無垢の木は、自然な質感と温かみがあります。
年数を経つと味わいのある色に変化し、落ち着きのある空間になります。

 

時が経っても古さを感じないデザイン時が経っても古さを感じないデザイン

増子建築工業は、
「新築の時が最も格好良くて、年月が過ぎると古くなってしまうデザイン」ではなく
「年月が経つごとに深みと味わいを増していく本物のデザイン」を目指しています

 

日本の住宅

夏の夕暮れに鳴く蜩の声や、秋の夜長に響く虫の音に、深い感慨を覚える方も多いでしょう。しかし、世界中どこを見ても、虫の鳴き声にこれほど感動する民族は日本人だけだそうです。欧米人にとってのそれは、ただのノイズに過ぎないようです。

吉田兼好が、徒然草の中で「住まい作りは、夏を旨とすべし。」と述べたのは有名な話です。わが国は、古来から豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)と呼ばれるほど、湿潤な気候です。梅雨や台風、秋の長雨など、実に1年の半分近くが雨の季節なのです。ですから、日本の家屋には、室内にこもった湿気を追い出すために、沢山の風を取り入れる工夫がされてきました。

明治の文豪・谷崎潤一郎が、その著書「陰翳礼賛」の中で、日本文化について述べています。わが国は、一年の半分近くが雨の季節。雨が多い分、日本建築の屋根は、大きく、深い庇を従えるようになりました。その結果、部屋の中は暗く、昼間でさえ洞穴のごとき闇が広がります。このような、薄暗がりの中での生活を余儀なくされた私達の祖先は、次第にその陰翳に合った美を創造するようになりました。金蒔絵然り、舞妓さんの白塗り然りなのです。

オイルショック以来、日本の住宅は省エネルギーの旗印の下、機密性・断熱性を必要以上に高めてきました。更には、石油化学製品や化学物質を多用した建材での家作りを勧めてきたため、有害化学物質とダニやカビが、大量発生する空間での生活を余儀なくされてきたのです。その結果が、シックハウス症候群に代表されるアレルギー症状を引き起こしているのです。一説には、日本の子どもの約40%が何らかのアレルギーを持っているとも言われています。機密性を増すことにより、外の世界と室内を遮断した結果、蜩の声も、鈴虫の音も聞こえない味気ない家になってしまったのです。それどころか、春や秋の清々しい風も遮断してしまっています。私達増子建築工業の家作りは、季節を感じ、光や風を出来る限り取り入れ、日本の伝統美を活かした自然と共に暮す家作りです。

このページのトップへ